ガソリンスタンドで給油するとき、「レギュラー」か「ハイオク」かは気にする。でも、そのガソリンがどこの原油から作られたか、気にしたことはあるだろうか。

たぶんない。

それでいい。消費者としては正常な無関心だ。でも少し立ち止まって考えると、これが意外に面白い話で、しかも「産地が違うと中身が全然違う」という事実は、石油精製の世界では当たり前に知られている常識だったりする。

今回は、原油の産地と組成の話を入り口に、「ガソリンが1リットル生まれるまで」の構造を、なるべく難しい言葉を使わずに解説してみる。


原油は「液体」ではなく「混合物」だ

まず最初に、多くの人が誤解していることを一つ正しておきたい。

原油は、単一の物質ではない。

水やエタノールのように「これ一種類」ではなく、何千種類もの炭化水素分子が混ざり合った「混合物」だ。炭素と水素が鎖のようにつながった分子が、短いものから長いものまでごちゃ混ぜに入っている。ガソリンになる分子も、灯油になる分子も、アスファルトになる分子も、全部同じ黒い液体の中に一緒に溶けている。

精製とは、この混合物を「沸点の違い」を利用して分離する作業だ。熱を加えると、沸点の低い(= 分子が軽い)ものから先に蒸発していく。ちょうど、水とアルコールを混ぜて加熱すると、アルコールが先に蒸発するのと同じ原理だ。

石油の場合、だいたいこんな順番で取り出される:

  • 30〜200℃:ナフサ(ガソリンの原料)
  • 150〜250℃:灯油(ジェット燃料、家庭用灯油)
  • 200〜350℃:軽油(ディーゼル燃料)
  • 350℃以上:重油、アスファルト

この分離作業を「蒸留」と呼ぶ。中学理科で習った「蒸留」が、製油所では巨大な塔(蒸留塔)の中で工業規模で行われている。


産地が違うと、なぜ中身が変わるのか

ここからが本題だ。

原油は、数千万年〜数億年前に海底に堆積した生物の死骸が、地熱と圧力によって変成してできたものだ。「できあがる過程」が違えば、当然「できあがるもの」も違う。

地質学的な要因を整理すると、主に次の3つが組成に影響する:

① 源岩の種類:もとになった有機物が植物プランクトンか、陸上植物か。前者はパラフィン系(軽質)になりやすく、後者は芳香族・重質成分を含みやすい。

② 熱成熟度:どれだけ長く、どれだけ高温・高圧にさらされたか。「熟成が進んでいる」原油ほど低分子量の軽質分が多くなる。ワインで言えば、熟成期間と温度管理が異なるようなもの。

③ 二次改変:地中での微生物分解や、水との接触による変化。これが進むと「重質化」する。カナダのオイルサンドはこの典型で、地表近くにあるために微生物に長年分解され、超重質になっている。

こうした要因が重なって、同じ「原油」でも産地ごとに組成がまるで違う。


API比重——原油の「格付け」を理解する

原油業界では、「API比重(°API)」という指標で原油を分類している。

水のAPI比重が10°で、数値が高いほど「軽い」(密度が低い)。つまりAPI比重が高い原油ほど軽質で、低いほど重質だ。

| 分類 | API比重 | 代表産地 |

| 軽質原油 | 31.1°以上 | 中東産の一部、北海ブレント |

| 中質原油 | 22.3〜31.1° | サウジアラビア(アラビアンライト等) |

| 重質原油 | 22.3°未満 | カナダ、ベネズエラ、メキシコ |

| 超重質原油 | 10°前後 | カナダのオイルサンド |

日本経済産業省(METI)が推進したペトロリオミクス研究では、サウジアラビア産(API 27.6°)とカナダ産(API 12.4°)を始め、11種類以上の原油を実際に分析・比較している。その結果が面白い。


軽い原油と重い原油——蒸留するとこんなに違う

同じ量の原油を蒸留したとき、何がどれくらい取れるか。これを「収率」という。

METI報告書のデータをもとに、軽質原油と重質原油の収率をざっくり比較するとこうなる(※1):

軽質原油(API 33.0°前後、中東産)では、ナフサ・灯油・軽油などの軽質留分が全体の70%以上を占める。残渣は20〜30%程度だ。

対して重質原油(API 12.4°、カナダ産)では、軽質留分は大幅に少なく、残渣が80〜90%近くを占める。

この差は圧倒的だ。

100リットルの原油を蒸留したとき、軽質原油なら70リットル以上がガソリンや軽油の原料になる。重質原油では、同じ100リットルから軽質留分は20リットルも取れないケースがある。残り80リットルは残渣だ。

残渣が「ゴミ」かというとそうでもなく、さらに処理すれば有用な製品になる。ただし、そのためには追加の装置と工程が必要で、コストがかかる。

だから軽質原油は「価値が高く、価格も高い」。単純に言えばこういうことだ。


硫黄の問題——見えない不純物が精製コストを決める

軽質・重質の違いとは別に、もう一つ重要な指標がある。「硫黄含有量」だ。

原油に含まれる硫黄は、そのまま燃焼させると大気汚染の原因(硫黄酸化物)になる。現代の燃料規制では硫黄含有量の上限が厳しく定められているため、製油所は「脱硫」という処理を行わなければならない。

硫黄が多い原油(=「サワー原油」)は、脱硫コストが高くなる。逆に硫黄が少ない原油(=「スイート原油」)は処理が楽で、付加価値が高い。

中東産の原油は概して硫黄含有量が多い(サワー)ものが多く、北海産やアフリカ産には硫黄の少ない(スイート)原油が多い。WTI(西テキサス産)がスイートで高値がつくのも、この理由が大きい。


製油所は「原油の個性」を読んでいる

製油所にとって、原油は「均一な材料」ではなく「個性のある素材」だ。

実際、各産地の原油には「原油アッセイ」と呼ばれる成分分析表があり、精製メーカーはこれを事前に確認してから購入する。どの留分がどれだけ取れるか、硫黄は何%か、メタルはどれくらいか——そういった情報が細かく記載された「スペックシート」のようなものだ。

料理人が食材の産地や熟成度を確認してから調理法を決めるのに似ている。同じ「牛肉」でも、和牛A5と一般的な輸入牛では調理法が変わるように、同じ「原油」でも産地・品質によって製油所の処理工程が変わる。

METIのペトロリオミクス研究は、こうした「原油の個性を分子レベルで読む」技術を深化させるプロジェクトだった(※2)。高真空減圧蒸留法や質量分析を組み合わせて、原油の中にどんな分子構造が含まれているかを詳細に解析する。これによって、たとえば「この重質原油を最適な条件で処理するとガソリン収率を3.3%向上できる」といった具体的な改善が可能になる。


日本はどこの原油を買っているのか

少し視野を広げると、日本の原油調達の実態も見えてくる。

日本が輸入する原油の94〜95%は中東産だ(※3)。サウジアラビア、UAE、クウェート、カタールが主要供給国で、この構造は長年変わっていない。

なぜ中東に偏るのか。地理的な近さもあるが、最大の理由は「品質と価格のバランス」だ。中東産の原油は比較的軽質で(ただし硫黄多め)、安定した供給が見込める。脱硫コストはかかるが、日本の製油所はその処理に最適化されている。

一方で、この「特定地域への依存」はリスクでもある。中東で政治的不安定が生じるたびに、原油価格は揺れる。日本がエネルギー安全保障の文脈で産地多角化を模索するとき、重質原油(カナダ、ベネズエラ)や非在来型資源(シェールオイル等)が選択肢に入ってくる。ただし、重質原油は前述の通り処理コストが高く、製油所の設備投資が必要になる。

「安く買えるが、処理に金がかかる」か「高く買うが、処理が楽」か——原油調達は常にこのトレードオフだ。


「産地」が持つ意味について

原油の話をここまで読んできて、気づくことがある。

「産地」というのは、単なる地名ではない。地質学的な履歴、有機物の種類、熱と圧力の時間、微生物との接触——そういった無数の要因が積み重なった「履歴書」が、産地という形で圧縮されている。

ワインの「テロワール」に似ている、と思う。土壌、気候、品種、作り手の技術——それらが混然一体となって、一本のワインになる。原油も同じで、地球が数千万年かけて「育てた」ものが、産地という情報に凝縮されている。

製油所はその履歴書を読み、最適な処理を設計する。分子レベルで原油を解析するペトロリオミクスは、その「読解力」を極限まで高めようとする試みだ。

ガソリンスタンドで「レギュラー満タン」と言うとき、その背後には地球の億年単位の歴史と、製油所の精密な工学が詰まっている。

誰も気にしないけど、そういうものが世界を動かしている。


出典・参考文献

※1・※2 経済産業省「高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発委託・補助事業」終了時評価 技術評価報告書(2022年3月)

収率データ・API比重分類・ペトロリオミクス技術の詳細が収録されている一次資料。

評価報告書本体(PDF)

補足説明資料(PDF)

※3 資源エネルギー庁「石油統計速報」(毎月更新)

原油輸入量・中東依存度の最新月次データ。2023年度の中東依存度は94.7%、直近は94〜95%で推移。

資源エネルギー庁 石油統計速報(最新版)

資源エネルギー庁「エネルギー動向」一次エネルギーの動向(HTML版)

資源エネルギー庁「中東情勢を踏まえた石油及び関連製品等に関する対応」

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