いい映画だった。泣けるスティーブン・キング映画というのは本当で、ストーリーや仕掛けが見えてくるAct2あたりからボロボロ泣いた。
作品情報
| 原題 | The Life of Chuck(2024) | | 監督・脚本・編集 | マイク・フラナガン(『ドクター・スリープ』『ミッドナイト・マス』) | | 原作 | スティーブン・キング「チャックの数奇な人生」(短編集『If It Bleeds』2020年収録) | | 主演 | トム・ヒドルストン | | 共演 | チウェテル・エジオフォー、カレン・ギラン、ジェイコブ・トレンブレイ、マーク・ハミル、ニック・オファーマン(ナレーション)ほか | | 配給(日本) | ギャガ、松竹 | | 日本公開 | 2026年5月1日 | | 上映時間 | 111分 | | 受賞 | 2024年トロント国際映画祭 人民選択賞 |
あらすじ(ここまでは公式) 次々と起こる災害によって突然世界が終焉を迎えようとしていた。ネットもSNSも繋がらなくなった世界で、街頭看板やテレビに「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告が出現する。チャックとは誰か——答えを知る者は誰もいない。
公開されているあらすじ以上を語るとネタバレになってしまうのがつらい構成の作品だ。ただ、構成がわかったからといって、ラストにじんわりと感動する体験は変わらない。映画としても、原作の短編としてもよくできていると思う。
以降はネタバレ。
映画は3幕から成るが、順番が逆になっている。
- Act3:死に際に近いチャックの脳内世界
- Act2:そんなチャックが「素晴らしい」と思えるある日のできごと
- Act1:この主人公の人生の始まり
終わりから始まって、始まりで終わる。チャックという人間がなぜそうなったのかを、映画は死の淵から少年時代へと遡りながら教えてくれる。
冒頭のAct3で描かれるのは、本人も知らない「脳内の世界に住む住人たち」の話だ。映画の予告にも出てくる世界のこと。その世界がなぜ生まれたのかは、Act1で初めてわかる。ホイットマンの詩を教えてくれる先生から聞く話として。
Act3に登場する人物たちはチャックの小学校の先生たち。なぜそれ以降の関係者が出てこないのか、映画の中では解説されない。でも、出てくる俳優陣が豪華で、スティーブン・キングの世界にぐいぐい引き込まれる。そして謎のままAct3は終わる。
Act2はチャックのダンスシーンが圧巻。ナレーション(ニック・オファーマン)が「これが彼の人生においてとても大切なシーン」と告げるのだが、なぜそれが大切なのかはその時点ではまだわからない。
答えはAct1でわかる。
私はAct1で彼がダンスを始めたときのシーンが一番泣けた。両親を不慮の事故で亡くし、生きる目的を考えないようにしていた叔父一家——それぞれが再生の途中にあった中での出来事。更には彼自身も——生きるために生かした才能と、諦めた夢。だからAct2の彼はあのダンスを踊れたのかと流れが掴めた瞬間に、ぐっときた。あとで気づいたのだが、これほど刺さったのには理由があった。
もちろんAct1ではそのあとも展開が続いて、ホイットマンの詩が語られ、Act3の人々がなんだったのかを観客が知ることになる。このあたりでスティーブン・キング好きの勘のいい人ならオチもだいたいわかると思うので割愛しておく。
もともと原作を読まずに映画館に行ったのだが、一点だけわからない部分があって、映画を観た足でそのままジュンク堂に行き、原作の短編集を買ってしまった。
私がわからなかったのは、Act1最後の手の傷の後日談の部分。映画では回想シーンとして描かれたのだが、原作を読む限りでは「打ち明けた」ようだ。それならチャックは思い残すことなくベッドに横たわっていたんだと思う。もし違う解釈があれば、XかInstagramでコメントいただけると嬉しいです。
ちなみに熱心に読んでいたら「ハリガンさんの電話」という別のキング作品が最初に入っており、知らずに読み進めてしまったため、先に映像化されていたNetflixドラマを視聴することになったのは内緒です。
少しだけ、この映画と死の話を。
あいにく私はまだ死んだことはない。ただ、50年以上生きていると、チャックのように「待つ時間を生きる」という表現の意味を、少し身体でわかるような体験というのはあるのではないかと思う。
2025年に、そういう体験をした。幸い大事には至らず今は平和に暮らしているのだが、その後しばらく、受け入れていく時間が必要だった。頭では理解していたこと——目の前の物質はそのタイムライン通りに過ぎ去るだけで、意識が無くなる自分だけがいなくなるのだ——ということを、心底わかったのはあのときだ。
それ以来、残った時間をどう使うかを考えることが増えた。映画になぞらえるなら、生きている時間が「待つ時間」なのだとしたら、その時間に何をするか。Act1のダンスシーンがここまで刺さったのは、たぶんそういうことと関係している。
スティーブン・キングの作品は、全部を説明せずに残酷な現実を見せて終わるものが多い。なんとなく手に取って読み終えた記憶があるのはキングが多かった気がする、というのも今思えば合点がいく。
そういえば『The Running Man』——キングの別名義(リチャード・バックマン)の作品——は、シュワルツェネッガーの映画があまりに脳天気なSFすぎて、原作でも読んでみるかと本屋で手に取ったのがきっかけだ。夏休みに読み始めたら文字通り徹夜で読んでしまった。2026年にリバイバル版の映画が公開されたのだが、Trailerを見て劇場には行かず配信待ちにした。原作はまた読みたいと思っている。
今回もサンキュー、チャックを観たあとにそのまま本屋に走ったのは、その頃の自分を思い出したからかもしれない。
湿っぽい話も書いてしまったけれど——ショーシャンクの空にもそうだけど、キングの泣ける系の作品には死がつきものなので、そこはご容赦を。みんなが大好きだった頃のアメリカを感じさせてくれる映像は、原作の文章だけでは伝わらないものがある。映画とセットで原作も手にしてみるといい。観終わった夜に本屋に走る映画は、そうそうない。