ベネディクト・カンバーバッチが読む、ソル・ルウィットからエヴァ・ヘスへの手紙

たまに、この動画へ戻ってくる。 何かがうまくいっていない時なのかもしれないし、まだ何も起きていないのに、妙に胸の内側だけがざわついている時なのかもしれない。制作の前で立ち止まる時、人は案外、立派な理由で止まるわけではない。ただ少し不安で、少し自信がなくて、少し考えすぎてしまう。その「少し」が積み重なると、手は驚くほど動かなくなる。

この動画は、ベネディクト・カンバーバッチ自身の名言スピーチではない。2016年3月、ロンドンのフリーメイソンズ・ホールで開かれた Letters Live で、彼が朗読したのは、1965年4月14日にアーティストのソル・ルウィットがエヴァ・ヘスへ宛てて書いた5ページの手紙だ。Letters Live は、Shaun Usher の『Letters of Note』などに着想を得た、実在の手紙を俳優や音楽家が朗読するライブ企画で、その日の公式プログラムにも確かに “DO / Sol Lewitt to Eva Hesse” と記されている。 (Letters Live)

この手紙が生まれた背景を知ると、動画の見え方は少し変わる。1965年当時、ヘスは夫トム・ドイルとともに、ドイツの Kettwig an der Ruhr に滞在していた。そこは使われなくなった繊維工場をスタジオにした制作環境で、建物に残された機械部品や道具は、彼女の「機械のようにクレイジー」なドローイングの刺激になった。一方で、その時期の彼女は強い自己不信と創作の停滞に苦しんでいた。ルウィットの手紙は、遠く離れた友人に向けた励ましというより、創作の現場で溺れかけている相手へ投げられた、かなり切実なロープのようなものだった。 (Hauser & Wirth)

そもそもルウィットとヘスは、1960年に出会ってから十年にわたり、深い友情と創作上の対話を続けた関係だった。ヘスは1970年に34歳で脳腫瘍のため亡くなるが、ルウィットはその死を知った直後、彼女へのオマージュとして《Wall Drawing #46》を制作している。だからこの手紙は、たまたま一人の有名俳優が見つけて読んだ名文ではない。実際に互いの仕事へ影響を与え合った二人の、長い関係のただ中から出てきた言葉だから重い。 (Letters of Note)

それでも、私がこの動画を見返す理由は、美術史の勉強になるからではない。少し不安な時、制作の前で足が止まる時、頭の中だけがやけに働いて手が動かない時、この朗読は妙に効く。たぶんそれは、この手紙が「だいじょうぶ」と優しく撫でてくる種類の慰めではないからだ。むしろ逆で、考えすぎ、怖がりすぎ、自分を監視しすぎている精神に対して、半ば乱暴に割り込んでくる。

有名な “Stop it and just DO” という一節は、雑な根性論に見えて、実はかなり正確だ。ルウィットは、ヘスの問題を才能不足ではなく、自己監視の過剰として見抜いている。だから彼は、もっと考えろとも、もっと整ってから作れとも言わない。怖いなら怖さを描け、自分の “uncool” を作れ、と言う。気分が整ってから作るのではなく、整っていないまま作れ、という命令なのである。 (Letters of Note)

ここでカンバーバッチの朗読が効いてくる。文字で読むと知的で、少しユーモラスでもあるあの長い列挙が、声になると切迫した呼吸に変わる。心の中で延々と続く反芻や自己攻撃が、そのまま舞台上のリズムとして聞こえてくる。だからあの動画は、手紙の意味を説明するのではなく、思考が暴走している頭の中を音として再現してしまう。朗読そのものが、ひとつの翻訳なのだと思う。 (Yale University Press)

面白いのは、この手紙が一度きりの名場面で終わっていないことだ。Letters Live の公式記録を見ると、カンバーバッチは2018年の Hay Festival でも、さらに2023年の Royal Albert Hall でも、同じ “DO” を再び読んでいる。つまりこの手紙は、読む側にも、聞く側にも、時代をまたいで繰り返し必要とされてきた。こちらが不安な時に何度も戻ってしまうのと、どこか似ている。 (Letters Live)

私はたぶん、この動画を「鼓舞」のためだけに見ているわけではない。もっと正確に言えば、これは自分を奮い立たせる映像というより、制作に入る前の再起動ボタンに近い。不安を消してくれるわけではない。ただ、不安のせいで手が止まっている状態から、もう一度、手を動かす側へ戻してくれる。

そして、ここがこの動画のいちばん鋭いところだと思う。 これは励ましの動画というより、自己最適化に疲れた創作者への緊急停止命令なのだ。もっと自分を理解してから、もっと正しい方法を見つけてから、もっと一貫したスタイルを固めてから――そうやって延々と先送りしてしまう現代の私たちに対して、この手紙は五十年以上前から、ほとんど乱暴なくらい簡潔に言う。考え続けることと、作ることは同じではない、と。

だから私は、たまにこの動画を見返してしまうのだと思う。 誰にだって、少し不安な時はある。そして本当に役に立つ言葉というのは、そんな時にだけ優しく寄り添う言葉ではなく、そんな時にこそ、こちらの言い訳を少しだけ黙らせてくれる言葉なのかもしれない。ソル・ルウィットの手紙は名文で、カンバーバッチの朗読は名演だ。でも、そのどちらよりも大きいのは、あの数分間が毎回、「さあ、またやれ」とこちらの手を現実へ押し戻してくることだ。